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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)320号 判決 1961年1月28日

控訴人 株式会社近畿相互銀行 外一名

被控訴人 崎山治兵衛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴人等代理人において「控訴銀行関係につき控訴人春本は被控訴人主張の債務を履行期までに現実に提供したのに被控訴人においてその受領を拒絶したものであるから遅滞の責はない」と述べ、被控訴代理人において「右事実は争う」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は甲第一、第二、第四、第五、第九、第一一乃至第一八号証、同第三号証の一、二同第六号証の一乃至五、同第七号証の一乃至四、同第八号証の一乃至四、同第一〇号証の一乃至五を提出し、原審並びに当審証人崎山元三郎の証言を援用し、

控訴人等代理人は原審証人滝石輝清、同岡本健一、当審証人崎山元三郎の各証言、原審における鑑定の結果、原審並びに当審における控訴人春本本人尋問の結果を援用し、控訴銀行関係につき、甲第一、第二、第九、第一三乃至第一八号証、同第三号証の二、同第六号証の三、四、五、同第七号証の一乃至四、同第八号証の一乃至四の成立を認め、同第三号証の一は官署作成部分の成立を認めるがその余は不知、その余の甲号各証はいずれも不知と答え控訴人春本関係につき同第一、第二、第四、第五、第九、第一一、第一二、第一三、第一五乃至第一八号証、同第三号証の一、二、同第六号証の三、四、同第七号証の一乃至四、同第八号証の一乃至四、同第一〇号証の一乃至五の成立を認め、同第六号証の一は不知、同号証の二はその印影が控訴人春本の押捺によるものであることは認めるがその余は不知と答えた。

理由

よつてまず、被控訴人の控訴銀行に対する請求について審究する。

被控訴人が昭和二七年六月頃控訴人春本に対し金員を利息月八分の約で貸与し、被控訴人が昭和二七年七月一〇日同控訴人所有の原判決末尾添付の第一目録記載の宅地につき、同年六月二五日大阪市北区東堀川町二〇番の三宅地一七坪外宅地二筆、同地上家屋番号同町六三番の二鉄鋼コンクリート造二階建倉庫一棟建坪一五坪九合、二階坪一三坪五合につきそれぞれ売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経たこと、昭和二八年一〇月二日大阪簡易裁判所に被控訴人の代理人丸山郁三と控訴人春本の代理人と称する弁護士田中貞蔵が各出頭して被控訴人主張の貸金元本、利息、損害金の支払義務の承認、その弁済期日、売買予約及び予約完結の場合の代金債務と右貸金等債権との相殺に関する合意並びに前記目録記載の建物を担保として新たに提供すること等を内容とする和解調書が作成せられたこと、右目録記載の宅地、建物には同目録記載の(イ)、(ロ)の各登記が、右宅地には同目録記載の(ハ)乃至(ヘ)の各登記があり、(イ)、(ロ)表示の権利を伴う債権が被控訴人主張の如くで、昭和二九年四月八日現在三七六、四二四円であつたが、被控訴人が昭和二八年一一月一〇日右宅地について所有権移転の本登記をなし、右四月八日控訴銀行のため右債権額を適法に供託したこと、控訴銀行が右債権について原判決末尾添付第二目録記載の証書を所持していることはいずれも当事者間に争がなく、控訴銀行の旧商号が近畿無尽株式会社であつたことは控訴銀行において明らかに争わないから自白したものと看做す。

しかして、成立に争のない甲第三号証の二、同第六号証の三、四、同第一五、第一六号証、官署作成部分については当事者間に争なく、その余は原審並びに当審証人崎山元三郎の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証の一、同証言により真正に成立したものと認められる同第四、第五、第一一、第一二号証、同第六号証の一、二と原審並びに当審証人崎山元三郎の証言、原審証人滝石輝清の証言の一部、原審並びに当審における控訴人春本本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は昭和二七年六月二〇日控訴人春本に対し金六〇万円を利息月八分、弁済期日同年一一月二〇日の約で一ケ月分の利息を天引した上貸与したが、その際同控訴人においてその支払をしない場合被控訴人において控訴人春本に対し該未払金に相当する代金で同人所有の第一目録記載の宅地及び前記東堀川町の宅地、建物並びに電話加入権堀川第二二番を買受ける旨申入れたときはその売買契約が直ちに成立し、右宅地、建物の所有権及び電話加入権は被控訴人に移転し、これに基く代金債務と前記貸金の元利金債権とが当然に相殺されること等の合意をなし、前記の如き売買予約を原因とする移転請求権保全の仮登記をし、その後右弁済期は同年一二月二〇日、昭和二八年一月二〇日と順次延期せられ、又被控訴人は昭和二七年九月頃及び同年一〇月頃の二回に控訴人春本に対し各一〇万円を弁済期を昭和二八年一月一五日、同月二〇日と定め、その余は前同様の約旨のもとに貸増したが、控訴人春本は昭和二七年末までの利息を支払つたのみで、その後は被控訴人に対する利息の支払も困難な状態となり、同年九月二〇日には被控訴人、控訴人春本合意の上で前記割合による利息を元本に組入れ計算した結果元本債権一、四四八、五六〇円、利息債権一一五、八八四円にも達したので、被控訴人は控訴人春本に対しより確実な担保の提供と右債務の履行を確保する必要に迫られたので、被控訴人は弁護士丸山郁三にその対策を依頼した結果、同弁護士は起訴前の和解の申立をしようと考え、「(一)、控訴人春本は被控訴人に対し昭和二八年九月二〇日現在において借金債務元金一、四四八、五六〇円及び利息金一一五、八八四円八〇銭を負担していることを認め、同月二一日以降は元金に対し年一割の割合による利息を支払うものとし、控訴人春本は被控訴人に対し同年一〇月二〇日に一、五六四、四四四円及び内金一、四四八、五六〇円に対する同年九月二一日以降同年一〇月二〇日に至るまで年一割の割合による金員を持参支払うこと、控訴人春本が右期日に債務を完済しない場合は損害金として元金に対し年二割の割合による金員を支払うこと、(二)、前項債務の担保として控訴人春本は被控訴人に対し前記第一目録記載の建物を新たに提供すること、(三)、控訴人春本が被控訴人に対し第一項記載の債務を昭和二八年一〇月二〇日に完済しない場合には被控訴人は控訴人春本に対し右第一目録記載の宅地、建物、前記東堀川町の宅地建物及び電話加入権堀川第二二番を元金、利息金、損害金の合計金額に相当する代金を以て買受ける旨を申入れたときには被控訴人と控訴人春本間に売買契約が成立し、右不動産の所有権及び電話加入権は被控訴人に移転し、右元金利息金損害金債権と買受代金債務とは相殺して消滅するものとすること、(四)、前項の売買契約が成立したときには控訴人春本は被控訴人に対し右不動産についてはその所有権移転登記手続をなし、電話加入権については加入名義変更手続をなし、且つ右不動産を明渡すこと、(五)、控訴人春本は、被控訴人に対し前記第一目録記載の建物につき直ちに売買予約に因る所有権移転請求権保全の仮登記手続をなすこと」等と定めた和解条項を起案し、これを被控訴人の代理人崎山元三郎に手交した。そこで、同人は昭和二八年九月二八日頃控訴人春本の来訪を求め、これを示した上、その骨子を説明したところ、同控訴人においてこれを諒承し、且つ起訴前の和解申立についても異論がなく、その代理人を被控訴人において選任してもらいたい旨告げ、起訴前の和解申立を委任する旨の委任状に署名捺印し、且つ前記和解条項を記載した書面と右委任状とに契印をなし、又訂正箇所にも押捺した上これを右崎山に手交した。そこで、同訴外人はこれを更に前記丸山弁護士に交付し代理人の選任方を依頼したので、同弁護士は弁護士田中貞蔵にその添付書面記載の条項の範囲で控訴人春本の和解代理人となることを依頼し、その承諾をえたので、同年一〇月二日大阪簡易裁判所に右両弁護士が出頭し、右条項と同旨の和解調書が作成せられたが、その後右弁済期をすぎても控訴人春本においてその債務を支払わないので、被控訴人は控訴人春本に対し同月二七日到達の内容証明郵便を以て前記元利金及び同年九月二一日以降の利息、損害金の合計額である一、五八一、九〇六円七七銭で右宅地建物等を買受ける旨の売買予約完結の意思表示をなし、同年一一月一〇日第一目録記載の宅地につき所有権移転登記手続を、同目録記載の建物につき売買予約による移転請求権保全の仮登記手続を経たことが認められ、右認定に反する証人滝石輝清、控訴人春本本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る確証はない。

ところが、控訴銀行はこれ等の点につき、(一)被控訴人は当初控訴人春本に対する最初の金員貸与の時期を昭和二七年六月二五日と主張したが、第一目録記載の宅地に関する被控訴人名義の仮登記の登記原因の日時は同月二〇日であるから両者の間に関連がない旨主張するが、被控訴人の控訴人春本に対する最初の金員貸与の時期が同月二〇日であることは前記認定のとおりであるから控訴銀行の右主張は理由がない。

(二)、控訴銀行は被控訴人は第一目録記載の宅地につき移転請求権保全の仮登記をしているが、右原因となつた被控訴人と控訴人春本間の行為は同控訴人の債務不履行と被控訴人の売買予約完結の意思表示を停止条件とする物権行為であるから、かかる場合には所有権移転の仮登記がなさるべきで、移転請求権保全の仮登記をすることはできないものである。従つて右仮登記はその効力を生じない旨主張する。しかしながら、被控訴人と控訴人春本間の右契約は前記認定のとおり控訴人春本において期限に債務を弁済しない場合何等の行為を要せずして当然に右宅地の所有権が被控訴人に移転するもの、即ち期限に弁済しないことを停止条件として右所有権を被控訴人に移転する旨の物権契約ではなく、控訴人春本において期限に弁済しない場合に被控訴人において売買予約完結の意思表示をして控訴人春本に対し該所有権移転を請求する権利を生ずべき債権契約であるから、被控訴人がこれを以て不動産登記法第二条第二号に所謂「右の請求権が始期附又は停止条件附なるとき其他将来において確定すべきものなるとき」に該当するものとして移転請求権保全の仮登記をしたのはもとより当然であり、たとえ右契約が控訴銀行主張の如く停止条件附物権行為であるとしても、同条項が将来の物権取得を保全せんとする律意であことに徴すると、右物件も亦同条項に基き移転請求権保全の仮登記をなすべきものと解するのを相当とするのみならず、同法第二条第一号の所有権移転の仮登記をなすべき場合に、移転請求権保全の仮登記をしてもその登記は無効となるものではなく、依然順位保全の効力を有するものである(昭和三二年六月七日第二小法廷判決集第一一巻第六号九三六頁参照)から、控訴銀行の右抗弁も採用できない。

(三)、又その代金は被控訴人が選ぶ任意の時期のある貸付金の元利合計によるという不確定なもので精確な意味では売買予約ということはできず、この点において事実に吻合しないから右仮登記は無効であると主張するが、これを確定する標準についての合意のあつたことは前記認定のとおりであるから理由がない。

(四)、次に控訴銀行は被控訴人への第一目録記載の宅地の所有権移転登記及び同目録記載の建物の移転請求権保全の仮登記はいずれも昭和二八年一〇月二日売買による和解成立を原因としてなされているが、右和解は控訴人春本に意思の欠缺があつたから不成立であり、仮にそうでないとしても同控訴人には裁判上の和解として訴訟行為をする意思を欠くものであり、又代理人選任行為は無権代理行為であると主張するが、その然らざることは前記認定のとおりである。しかしながら、前叙認定の事実によると、丸山弁護士は自己の受任した事件について代理人選任という事柄で相手方のため職務行為を行つたものであることが明らかであるから、同弁護士の代理人選任行為は弁護士法第二五条第一号の「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」についてその職務を行つたものというべきである。もつとも、本件においては前記認定の如く被控訴人の代理人崎山元三郎と控訴人春本との間にはすでに右和解調書記載の条項と同一の約定が成立し、ただ和解調書作成のために丸山弁護士において相手方のため代理人を選任したにすぎないのであるから毫も本人の利益を害する虞がないわけではあるが、右規定の趣旨とするところは当事者の利益保護のみならず、弁護士をして誠実にその職務を執行せしめてその綱紀を維持し、品位を汚すことなからしめようとの律意に出たものであり、特に右第一号については受任した事件の依頼者の同意があつてもその職務行為を行つてはならないこと同条但書により明らかであるから、ただ単なる相手方のための代理人選任行為の如きも右禁止の対象としているものと認めるのが相当であり、右規定は単に弁護士の遵守すべき職務規定であるに止まらず、効力の規定であると解するのを相当とするから、右丸山弁護士の行為は弁護士法第二五条に牴触し無効とわねばならず(昭和三二年一二月二四日第三小法廷判決集第一一巻第一四号二三六三頁参照、昭和三〇年一二月一六日第二小法廷判決集第九巻第一四号二〇一三頁は本件に適切でない)、従つてこれに基きなされた前記起訴前の和解も亦裁判上の和解としてはその効力を生じるに由ないものといわねばならない。しかし、このことは被控訴人と控訴人春本間に前記の如き右和解と同一内容の約定が成立していたことを否定するものではない。そうすると、右登記原因として記載せられている和解とこれに先立つてなされた前記約定とはその内容を同じくするから、右約定に他に無効原因となるべき事由のない限り、右登記は登記原因の記載に誤あるとはいえ真実の権利関係を表示するものとして有効といわねばならない。

(五)、ところが、控訴銀行は右約定は控訴人春本に要素の錯誤があつたから無効であると主張するが、これを認めるに足る何等の証拠もない。

(六)、又控訴銀行は右約定は暴利行為で、公序良俗に反する無効のものであると主張するので考えるのに、前記認定事実と原審における控訴人春本の供述により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の一乃至五、当審証人崎山元三郎の証言、原審における鑑定の結果並びに原審における控訴人春本本人尋問の結果を綜合すると、第一目録記載の宅地及び前記東堀川町所在の宅地、建物の昭和二七年六月における相当取引価格が合計一八二万円程度、これに同目録記載の建物を加えたものの昭和二八年一一月におけるそれが合計三八三万円程度であるが、同目録記載の宅地、建物には同目録(イ)、(ロ)の登記があり、東堀川町の倉庫は同年一月頃から他へ賃貸せられ、これにつき賃借人から敷金として六五万円が差入れられていることが認められるから、前記認定のとおり被控訴人においてこれらの物件を右約定当時代金一五六万円余で買受ける旨の売買予約をなすことは一般の金融取引の事情に照し未だ公序良俗に反するものといえないのみならず、被控訴人が控訴人春本の無智、無経験、窮迫等に乗じ右約定を締結したことを肯認しうるに足る確証もない。もつとも右代金額は前記認定の如く利息制限法所定の利率を超過する利息、損害金を包含して算出せられたものではあるが、被控訴人、控訴人春本間においてこれを以て売買代金額と定めたものであること前叙認定のとおりである以上、前記相殺の意思表示によつては右超過部分については相殺の効力を生ぜず、被控訴人において控訴人春本に対しこれを支払う義務のあるのはともかく、(被控訴人はこの点につき右超過部分は和解の効力に基き控訴人春本においてその効力を争うことはできないものであると主張するが、右約定は当事者が互に譲歩をなしてその間に存する争を止めることを約したものではないから被控訴人の右主張は採用できない)、右金額を以て代金額と認定する妨げとなるものではない。してみると、控訴銀行の右抗弁も亦失当である。

(七)、次に控訴銀行は控訴人春本はその債務を現実に提供したのに拘らず、被控訴人においてこれを受領しなかつたものであり、仮にそうでないとしても、被控訴人は控訴人春本において適法な元利金を支払のために提供しても必ずその受領を拒絶するであろうことが明白であるから、同控訴人において履行の提供をしなくても債務の不履行はないと抗争する。しかし、控訴人春本において被控訴人に対し右債務を現実に提供したことを認めるに足る何等の証拠もないのみならず、債務の履行は結局において債権者債務者の誠実な協力を前提とするものであるから、控訴人春本に当時弁済の資力のなかつたこと前記認定のとおりである以上、被控訴人において右金員を受領する意思があつたか否かに拘らず、同控訴人は不履行の責を免れないものである。

(八)、最後に控訴銀行は右約定は当初の担保契約を破棄する新たな合意であり、仮にそうでなく確認的なものとしても、これに定める債権はその基礎に仮登記当時の債権の外に別口のものを加えており、その間控訴人春本は昭和二七年一二月末日までの利息を支払つたにすぎず、債権者債務者間の信頼関係に著しい変化が生じてきている事情もあるから仮登記の順位をこの場合の予約のために主張することはできない旨主張するが、前記認定の如く第二回目以後の貸付金も当初の貸付金と同一の担保権により担保せられる約旨のもとに貸増されたものであり、その後になされた売買予約の約定も当初の契約とは別個独立の内容を定めたものではなく、単にその法律関係を明瞭にし、将来の権利実行の不安を除去するための確認的なものにすぎないのみならず、債権確保のためになされる売買予約は当事者間の信頼関係が危殆に瀕することを慮つてなされるものであることに徴すると、控訴銀行の右主張も亦失当といわねばならない。

そうすると、被控訴人が、控訴人春本の債務不履行を理由として同年一〇月二七日同控訴人に対してなした売買予約完結の意思表示は有効でこれにより被控訴人は第一目録記載の宅地建物等の所有権を取得したものというべく、同年一一月一〇日右宅地につきなされた前記所有権移転登記及び右建物につきなされた移転請求権保全の仮登記は真実の権利関係を表示するものとして有効といわねばならないし、(右仮登記は本来ならば所有権移転の仮登記がなされるべきであるが、この場合移転請求権保全の仮登記をしてもその効力に消長を及ぼさないこと前記説示のとおりである)、これに先立ち右宅地につき昭和二七年七月一〇日被控訴人のためなされた移転請求権保全の仮登記も亦当初の売買予約を保全するものとして有効といわねばならず、右昭和二八年九月二八日頃の約定は当初の約定を確認したものに外ならないから、前記本登記は結局右仮登記に基いてなされたことに帰し、右本登記は仮登記のときに遡つてその順位を保持するものといわねばならない。してみると、右仮登記後になされた(ハ)乃至(ヘ)の登記はいずれも右登記に牴触するものであるから、控訴銀行は被控訴人に対し右(ハ)乃至(ヘ)の登記を抹消する義務があるものというべきである。

又被控訴人は右宅地、建物の第三取得者として前記(イ)、(ロ)に示された控訴銀行の控訴人春本に対する債権を弁済するについて正当な利益を有するものというべきであり、被控訴人が昭和二九年四月八日控訴銀行に対し右債権額即ち元本二八四、六一〇円、遅延損害金(日歩二〇銭)八七、二六〇円合計三七一、八七〇円を適法に供託したことは前叙認定のとおりであるから、被控訴人はこれにより当然債権者に代位し、右権利は被控訴人に移転するものといわねばならない。控訴銀行はこの点につき(ロ)の代物弁済予約上の権利は被控訴人が右供託をなす前にすでにこれを抛棄していると主張するが、これを認めるに足る何等の証拠もない。そうすると、右抵当権及び代物弁済予約上の権利は特段の事情の認められない本件においては被控訴人への移転の結果混同により消滅することになるが、右の権利移転の経過をそのまま登記簿上に反映させることは登記法上不当でないのみならず、これにより右混同の事実を公簿上明らかにすることにより第三者に対抗せしめる必要もあるから、控訴銀行は被控訴人に対し前記代位弁済による債権と共にする抵当権移転及び移転請求権保全仮登記移転の各附記登記手続をなす義務があると共に、これを履行するためその旧商号による(イ)、(ロ)各登記につき現商号に登記名義人の表示変更登記手続をなす義務があるものといわねばならないし、又控訴銀行は被控訴人に対し前記の債権に関する証書として第二目録記載の証書を交付する義務があるものというべきである。

次に被控訴人の控訴人春本に対する請求について考察する。

被控訴人が昭和二七年六月頃、九月頃、一〇月頃に控訴人春本に対し金員を貸与し、被控訴人が同控訴人に対し前記の如き売買予約完結の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、昭和二八年一〇月二日大阪簡易裁判所において被控訴人の代理人丸山郁三と控訴人春本の代理人と称する弁護士田中貞蔵が出頭の上前記の如き和解調書が作成せられたこと、第一目録記載の宅地建物には同目録(イ)、(ロ)記載の各登記があり、これに表示の権利を伴う債権額が被控訴人主張の如くで、昭和二九年四月八日現在三七六、四二四円であつたが、同日被控訴人において控訴銀行のためこれを適法に供託したことはいずれも控訴人春本において明らかに争わないから自白したものと看做す。しかして成立に争のない甲第四、第五、第一一、第一二号証、同第六号証の三、原審並びに当審証人崎山元三郎の証言により真正に成立したものと認められる同号証の二、その印影が控訴人春本によつて押捺されたものであることは当事者間に争なく、その余も右証言により真正に成立したものと認められる同第六号証の二と右証言、原審証人滝石輝清の証言の一部、原審並びに当審における控訴人春本本人尋問の結果の一部を綜合すると、前記控訴銀行に関し認定した如き消費貸借成立から第一目録記載の宅地につき所有権移転登記、同目録記載の建物につき移転請求権保全の仮登記をなすに至つた経緯を認定することができ、右認定に反する証人滝石輝清、控訴人春本本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を左右するに足る確証はなく、又控訴人春本の和解無効の抗弁も亦控訴銀行に関し判示したところと同一の理由により失当である。なお、控訴人春本は昭和二九年一月頃金二〇〇万円を現実に被控訴人に提供し、更に調停を申立て円満な解決を求めたのに被控訴人においてはこれに一顧も与えず本訴を強行しようとするもので、権利の濫用であると主張し、原審証人岡本建一、原審並びに当審証人崎山元三郎の各証言、原審並びに当審における控訴人春本本人の供述を綜合すると、控訴人は昭和二九年一月頃訴外岡本健一と共に金一〇〇万円を携えて被控訴人方に赴き右宅地建物等の買戻方を交渉し、更に調停の申立をし金百三、四十万円を支払うことにより円満に解決しようと図つたが、被控訴人において右金額ではこれに応じることができないと拒絶したため右調停が不調に終つたことが認められるが、利息制限法超過の利息と雖も一種の自然債務としての効力を有するのであるから、被控訴人において右超過部分の支払を固執し、控訴人春本の右提案を拒絶したからといつて直ちに非難することができないのみならず、被控訴人において専ら控訴人春本を害する意思で紛争の解決を拒んだことを認めるに足る確証もないから、控訴人春本の右抗弁も採用できない。

そうすると、被控訴人は控訴銀行に関し説示したところと同一の理由により前記(イ)、(ロ)に示された控訴銀行の控訴人春本に対する債権を弁済するについて正当な利益を有するものというべく、被控訴人が昭和二九年四月八日控訴銀行に対し右債権額即ち元本二八四、六一〇円、遅延損害金(日歩二〇銭)八七、二六〇円合計三七一、八七〇円を適法に供託したことは前記認定のとおりであるから、被控訴人はこれにより当然債権者に代位し、右権利は被控訴人に移転したものというべきであるから、被控訴人は控訴人春本に対し自己の権利に基き求償をすることができる範囲内である右金員の支払を請求することができるものといわねばならない。してみると、控訴人春本は被控訴人に対し右三七一、八七〇円及び内金二八四、六一〇円に対する被控訴人が右代位した債権の支払を請求した日の翌日であること記録上明白な昭和三一年五月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

よつて、これと同旨の原判決は結局相当で、本件控訴は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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